評価される企業が重視していること
2019年、アメリカのBusiness Roundtable(ビジネスラウンドテーブル)という、日本の経団連のような影響力のある団体が、企業のパーパスについて再定義をしました。それまで「株主の利益を最大化するべき」という株主資本主義が主流だったアメリカが、その方向性を大きく転換したことで、日本にも新たな潮流が起こっています。
この新たな潮流は当然ながら企業のコミュニケーション活動すべてに影響を与えるものです。ここであらためて世界を牽引する企業が重視していること、既に成熟していた業界に新規参入し成功した企業のパーパスをご紹介します。
Business Roundtableが宣言したこと
まずBusiness Roundtable(以下BR)がどのような団体かを公式サイトから引用すると、「アメリカ経済の繁栄とすべてのアメリカ人に貢献するために活動しているアメリカ大手企業のCEOで組織されている団体」です。
メンバーにはアマゾンやアップルのほか、ウォルト・ディズニー・カンパニーやVISA、マッキンゼー・アンド・カンパニーなど錚々たる企業のトップが名を連ねています。
彼らが長期的視点を見据え、これから企業が事業活動を通じてコミットすべきステークホルダーは誰なのか」ということを再定義した内容を簡単にまとめると以下となります:
顧客への価値の提供。
私たちはお客様の期待に応え、あるいは期待以上のものを提供することでアメリカ企業がリードするという伝統をさらに高めていきます。
従業員への投資。
社員に公平な報酬と福利厚生を提供することから始まり、急速に変化する世界に適応できるスキルを身につけるためのトレーニングや教育を通じてサポートすることも含みます。私たちは多様性と包括性、尊厳と尊敬を育みます。サプライヤーとの公正かつ倫理的な取引。私たちの使命の達成にご協力いただける大小さまざまな企業の良きパートナーでいられるよう尽力します。
私たちが働く地域社会へのサポート。
私たちは地域社会の人々を尊重し、事業全体で持続可能な慣行を取り入れ、環境を保護します。株主への長期的な価値の創出。
私たちは企業が投資し、成長し、革新するための資金を提供する株主との透明性の確保と効果的なエンゲージメントに努めます。
一昔前までは、大株主を優先し、「いかに彼らにバリューを返していくか?」が命題となっていた大企業は多かったのではないでしょうか。
しかしながらこれからの時代において株主だけを見ている企業は経営を維持することが難しくなるでしょう。
BRが企業のパーパスとして掲げ、重要視している対象は「株主」だけではありません。
「顧客」
「従業員」
「サプライヤー(取引先)」
「地域社会(コミュニティ)」
といったステークホルダーに対して、「長期的に企業価値の向上を目指していく」ことを宣言しています。
こちらに名だたる企業の代表がサインしていることからも、その宣言内容が、いかに重要かが伺えますね。
従来の株主至上主義では、どうしても、短期的な利益を上げて株主に対して利益の還元というリターンをもたらすという、株主にとっての満足度を上げることばかりに注力してしまいがちでした。
投資家にとってはそのような企業の方が、都合が良いかもしれませんが、中には株主資本主義では長期的な視点で企業が成長しないことを理解している投資家もいます。
顧客目線を徹底した企業が株主に贈った手紙
GAFAの一角を成し、EC業界の雄として今も成長を続けるAmazonは、創業当時から株主だけでなく様々なステークホルダーに注目していて、コミュニケーションにおいても株主というよりは顧客を中心に重点をおいている企業です。
1997年にナスダックに上場したAmazonは、当時、
「地球上でもっともお客様を大切にする企業」
と、顧客満足度を高めることが私たちの一番のビジョン(パーパス)」と掲げ、その年に株主向けに贈った手紙では特に3つのことに取り組むことを強調しています。
この手紙は今でも毎年同封しており、1997年の宣言以来、今でも考えが変わらないことを投資家に訴え続けているのです。
Amazonが重視した3つのこと
Amazonが株主に宣言した内容について、かいつまんでご紹介すると以下となります。
※原文はAmazonの公式サイトにも掲載されていますので、ご興味のある方は御覧ください。
お客様に執着します(Obsess Over Customers)
長期的に取り組んでいくことを重視します(It’s All About the Long Term)
素晴らしい人材を採用し維持します(Hire and retain versatile and talented employees)
当初はこのAmazonの考え方に反対する投資家もいました。
それでもAmazonは毅然と、「私たちは短期的にバリューを上げることは考えておらず、長期的にお客様と信頼関係を築くことを目指している。」と表明しています。
そのため当時Amazonに投資することをやめた株主もいたと思いますが、このAmazonの姿勢を支持し続けてくれていた株主は現在、結果的に大きな利益を得たはずです。
Amazonが成長した裏側
2019年にBRがコミットした内容は、Amazonでは創業時から既にパーパスとして掲げていました。
パーパスに掲げたことは株主だけではない、顧客、従業員、地域コミュニティなど様々なステークホルダーに価値を提供しようと意識的に取り組むことを宣言しています。Amazonの成長の裏にはすでにパーパスがあったのです。
そのAmazonには「リーダーシップ・プリンシプル」という、14項目からなるクレドのような理念があります。
(リーダーシップ・プリンシプルについて紹介した過去の記事「イノベーションを生み出す人材採用」はこちら)
その14項目に昨年2021年7月、新たに以下2項目を追加しました。
「Strive to be Earth’s Best Employer」
リーダーは、職場環境をより安全に、より生産的に、より実力が発揮しやすく、より多様かつ公正にするべく、日々取り組みます。
リーダーは共感を持ち、自ら仕事を楽しみ、そして誰もが仕事を楽しめるようにします。
リーダーは自分自身に問いかけます。
私の同僚は成長しているか? 十分な裁量を与えられているか? 彼らは次に進む準備ができているか?
リーダーは、社員個人の成功に対し(それがAmazonであっても、他の場所であっても)、ビジョンと責任を持ちます。
「Success and Scale Bring Broad Responsibility」
Amazonはガレージで創業して以来、成長を遂げてきました。
現在、私たちの規模は大きく、世界に影響力を持ち、そしていまだに、完璧には程遠い存在です。
私たちは、自分たちの行動がもたらす二次的な影響にも、謙虚で思慮深くありたいと思います。
私たちは、社会、地球、そして未来の世代のために、日々成長し続ける必要があります。
一日のはじめに、お客様、社員、パートナー企業、そして社会全体のために、より良いものを作り、より良い行動を取り、より良い企業になるという決意を新たにします。
そして、明日はもっと良くできると信じて一日を終えます。
リーダーは消費する以上に創造し、常に物事をより良い方向へと導きます。
現在は16項目がAmazonian(アマゾンの社員)の行動指針となっています。
この2項目を追加した背景には、2019年のBRによるパーパスを意識したものであると推測します。
つまり、1つ目の「Strive to be Earth’s Best Employer」は従業員へのコミットメントを意識した内容で、2つ目の「Success and Scale Bring Broad Responsibility」は、お客様、社員、サプライヤー、そして地域社会全体をカバーする内容になっています。
ご興味のある方は是非Amazonのリーダーシップ・プリンシプル全項目を御覧ください。
今、企業が求められていることと市場で求められていること
Amazonに限ったことではなく、事業を行うすべての企業は、株主ばかりに気を取られるのではなく、多様なステークホルダーにコミットし、社会的に良いこと、正しいことを行っていくことが、会社が存在する正しい姿になります。
そのような事業活動とコミュニケーションを実践している会社は顧客や従業員、取引先や地域住民の方々、そして株主と、様々なステークホルダーに支持してもらえるでしょう。
あなたの会社が多くの人々から支持や共感をしてもらえて、且つその会社が信用に値すると認められることで、長期的な視点であなたの会社を支えるファンとしてより成長させてくれる役割になってくれます。
また、このようなコミュニケーションを実践している企業は、ROEのことばかり説明している会社より共感をもたれやすいでしょう。
社会に対して、社会の課題解決に取り組んでいること、そのために社内で活躍する従業員が良い環境でイノベーションを起こせるようなサポートをすること、こういったことに努めている会社がこれからの時代は評価されていきます。
企業で求められていることは、市場(社会)で求められていることとイコールなのです。
パーパスが形骸化しないためには
ちなみに、この2019年のBRによるパーパスの再定義から2年後、このパーパスに賛同した約130社の意識調査がハーバード・ビジネス・レビューで行われました。
そこでは、「まだ劇的に変わってはいないが、新しいステークホルダー中心のパーパスを推進できていると自負している。」という企業や「株主以外のステークホルダーに良い影響を与えている」と自認する企業が多くみられました。
一方で、「5つのステークホルダーのうち、現在はどれに一番注力しているか?」という質問では、まだ「株主」と答える企業がデータ上では多く、引き続き意識的に取り組む努力が必要だと述べています。
ハーバード・ビジネス・レビューでの調査結果は株主資本主義からステークホルダー資本主義への移行が簡単ではないことを示唆していますが、世界経済を牽引するアメリカ企業が積極的に動くことで、必然的に、日本においても実現していかなければならない状況になっていくでしょう。
企業活動の価値観を大きく変換した2020年代は、規模の多寡を問わず、中小企業においてもこの新潮流を意識して行動を起こす必要があります。
コミュニケーションの重点対象が広がったことで、広報の役割はさらに重要で複雑になったともいえます。
パーパスが絵に描いた餅にならないためにも、各ステークホルダーに対してどのようにコミュニケーションをしていくかを企業のパーパス、ビジョン、ミッション、事業戦略をベースに戦略的に考える必要があります。
戦略をベースに効果的に実行できれば、多くのステークホルダーの共感が得られるはずです。
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